tacomii’s blog

日々思うことをつらつらと。

文房具の在庫管理は川の流れのように、でありたい

こんにちは、タコみーです。

今回は、

購入した文房具の在庫に対する

私の思いと考え方について

書いていこうと思います。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

🌱🌱🌱

「私は文具を減らしたいわけじゃない。」

文具は好きだ。

100均に行けば「かわいい」と思うものは

行くたびにある。

ロフトや文具店に行けば新作も気になる。

 

でも最近、私が気になるのは

在庫の数じゃない。

循環だ。

と気がついた。

 

空気も、水も、流れが止まると澱む。

私の文房具も同じなのかもしれない。

 

押し入れの棚の一角しかない文具。

文具好きとしては決して多くない。

 

それなのに時々、その場所が

「澱んでいる」

と感じる。

 

使われずに止まっているものたち。

或いは渋滞で進まないものたち。

その澱んだ空気が、

どうにも好きになれない。

 

だから私は、

50枚ある付箋を20枚にしてもいいと思う。

 

残す20枚は循環する20枚だ。

 

買った時のワクワクは、もう十分受け取った。

あの時の「かわいい」という気持ちも、

その商品代金の中に入っている。

 

その20枚を使い切ったときに

それが必要だと思ったら

その時にまた買えばいい。

 

もう売っていないかもしれない。

でも、それでいい。

その時は、その時の新しい出会いがある。

 

私が欲しいのは、

「たくさん持つこと」

ではない。

 

好きなものが、ちゃんと

「流れている」暮らしなのだ。

 

 

押し入れに空気清浄機回そうかしら……🤣

 

 

おわり

 

手帳動画を見て、続かなくなったあなたへ

 

最近、Xで「手帳が続かない理由」についていくつか投稿をしたところ、思いがけず多くの反応をいただきました。

 


その中でふと浮かんできたのが、YouTubeでの手帳動画についてです。

 


私自身も、手帳に関する動画を観ることがあります。

可愛くて、便利そうで、「わあ、素敵!」とワクワクすることもたくさんあります。

 


でも一方で、

「その通りにやってみたけれど、続かなかった」

「なんか違う気がして、手が止まってしまった」

という声を聞くことも少なくありません。

 


でもそれは、自分のせいじゃないと思うんです。

 


手帳系の動画は、たいてい“見せる前提”で作られています。

美しいデコレーション、構成、効率的な手帳術──

どれも「その人に合った使い方」だからこそ成り立っているものです。

 


それでも私たちは、憧れたり、影響を受けたりします。

「私もこうなりたい」「真似したら変われるかも」と思って取り組んでみる。

 


でも、YouTubeの動画は、あくまで公開されるものとして整えられた姿。

その背景には、編集された時間、演出、再生数を意識した構成があります。

 

画面の中でスムーズに紹介される手帳術や華やかなページたちは、

ときに「自分の生活にもそのまま使えるように錯覚させてしまう力」があります。

 


ですが、見ているうちに、

「私はこんなふうに書けない」

「こんなに続かない」

と、自分を責めてしまう人もいるかもしれません。

 


でも本当は、動画はその人の生活と感性に合った形で成り立っているもの。

見る側も、「これはヒントにして、自分なりに整えていい」と思えるような距離感で付き合えると、ずいぶん楽になるのではないかと私は感じています。

 

 


手帳は、自分の生活に寄り添うものであってほしい。

他人の方法が合わなかったからといって、

「私には向いてなかったんだ」と思う必要はないと思うのです。

 


大切なのは、自分が気持ちよく続けられる形を見つけていくこと。

たとえば書く時間を変えてみる、項目を減らしてみる、使う道具を見直してみる──

少しずつ、自分のライフスタイルにあうものに育てていけたら、それが「自分の手帳」になるんだと思います。

 

 

最後にこのブログを読んで、
「動画を見て真似したけど続かなかった」

そんな経験をしたことがある方の、ちょっとした心の整理に繋がれば嬉しいです。

 

『フォロワーとのズレ』物を増やしたくない理由

こんにちはタコみーです。

 

今回は、物を増やさなくなったことと

趣味で繋がりのあるフォロワーさんたちと

ズレを感じるようになった話などを

書いてみようと思います。

 

 

私はツイッターで文房具や手帳が趣味の人と

ネット上で交流を持つようになって

それなりに情報交換などしあって

それなりに楽しくやっていました。

 

そんな時に、母が認知症になり

自宅介護が始まり

同時期くらいに父の入退院が重なり

SNSどころではなくなった日々を

送っていました。

 

 

そんな弱ってきた両親を見ていて

ふと感じることが出てきました。

 

母はもう自宅に戻ることはないでしょう。

病気の治療をしながらの入院生活です。

元気だった父も片目が見えなくなり

肺を患い、少しの距離を歩いただけでも

激しい息切れがするので

仕事で使っていた大工道具などを

自分で始末することができません。

趣味で集めた釣り道具や本も。

何もかも。

 

母が家に残したもの

父が家に残したもの

 

両親は生きていますが

自分のものを

もう始末することが出来ないのです。

 

 

そんな両親を側で見ていると

自分はどうなんだ?

という考えがずっと頭を

ぐるぐるしてきます。

 

何となく60の声が近くなるにつれ

自分はどう終わりたいのかを

考える時間が増えて来ました。

 

 

フォロワーさんは一回りも離れていたり

何なら息子と同い年だったりで

その年齢なら物を買い集めることも十分楽しめます。

私もそうでした。

 

ですが今は新商品の情報を見ても

限定商品の情報を見ても

心が動かなくなってしまいました。

ワクワクしないのです。

 

今あるものを自分が死ぬまでに使い切って

綺麗さっぱり死にたいのです。

終活にはまだ少し早い年齢だけれども

私はどう終わりたいのか考えてしまう。

 

そんな私と今が楽しいフォロワーさんとでは

もう大きな壁ができてしまったような

そんな気がするのです。

 

なので今はそこに身を置いていても

なんかこの人小うるさい人だな〜

って思われそうなのと

Twitterを見る時間が長くなってきた

ことに慄き少しお休みしています。

 

本当に思っていることを

伝えるって難しいですね。

取り止めのないものに

なってしまいましたが

ここで終わりにします。

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございました。

 

 

〜おわり〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にご褒美制度はやめました

 

皆さんこんにちは、タコみーです。

 

ここのところ足の不調や

自分の時間を作れない忙しさから

少し心身ともにダウン気味⤵️

 

それでも入院中の母のことや

高齢で体調の良い日の方が

少なくなって来た父の世話と、

人が相手だと休みがありません。

 

そんな時にはよく

馬の鼻先に🥕の如く

 

終わったらアイス食べよう

頑張ったらビール飲もう

好きなボールペン買っちゃおう

そのために頑張ろう

 

と自分にご褒美制度を

取り入れていました。

 

ですが、

精神的安定や満足感を得るために

お金を使う。物を買う。

というのは

私には「その時」「その瞬間」

だけの満足にしかならなくて、

自分の心はすぐに

疲れを取り戻してしまうのです。

 

なのでモノで自分を釣るのはやめにしました。

もちろんアイスも食べるし

ビールも飲むし

ボールペンだって買うけど

「ご褒美」にはしない。

 

結局は「ご褒美」だからという

免罪符にしてストレス買いしてるだけ。

そんなふうに思ったわけです。

買えるんだったら普通に買えばいいんです。

 

それじゃあご褒美の代わりにどうしようか?

 

そこで私は物ではなく

自分に労いの言葉を

投げかけるようにしました。

 

心の中やノートや手帳に

「頑張ったね」

「よくやったね」

「やれば出来るじゃん」

「最高だね」

「お疲れ様!」

と労いの言葉を投げかけています。

 

辛い時は

「そりゃそーだ」

「辛くて当たり前だよ」

「気持ちわかるよ」とか。

 

それは自分なんだけど

分かってくれる人がいる

認めてくれる人がいる

寄り添ってくれている

 

それだけで安心するというか

その時だけのアイスよりも

満足度が高いのです。

 

そのおかげで

余計なストレス買いも減って

前よりもイライラしたり

人と比べたりしなくなりました。

 

そして1日の終わりには

今日はありがとう

と感謝とも違うけど

やはり労いの言葉を

自分にかけてあげています。

 

それでもストレスは溜まるし

発散出来ない時もありますが

自分に期待などはしないで

労いながら少しでも楽しみを見つけて

過ごしていければいいんじゃないかな。

 

最後に、

出した言葉は自分にも返ってくるらしくて

悪口を言えば自分が自分に言ってることになって

優しい言葉を投げれば自分の力になるんだって。

 

 

それでは、また👋

 

おわり。

 

 

「買ってしまったから」という足枷を外して心の負担を軽くしようではないか。

みなさん、こんにちは。

タコみーです。

 

2024年の1月もあっという間に過ぎ去り

今日は節分です。

 

今回の話は

『肩の荷を下ろそう』

と言う話をしてみたいと思います。

年が明けたからといって

生活に変わりがあるわけでもなく、

最近よく寝込むようになった父を

心配しながら、要介護4の母の方は

顔を合わせて会話することによって

少しでも認知症の進みがゆっくりに

なったらいいなという希望を胸に

最期まで長期入院になるであろう病院へ

できる限り面会に通っています。

 

そうすると自分のやりたいことが

あまりと言うかほとんど出来ません。

時間はあるんですよ。

夜の10時頃からなら時間はあるんです。

 

ですが、家事を終え父のメンタルを支え

気力も体力も使い果たした戦士のような

ドロドロの状態で自室に戻るものだから

お茶を淹れて何がしらの動画を

ただつけて音だけ聞いている

 

それが精一杯。

 

「あれも出来なかった」

「これもやりたかった」

 

机に出しっぱなしの

そんなものたちを目の前にして

何も出来ない、

やる気の起きない

そんな自分が残念過ぎて。

 

それが毎日毎日毎日毎日積み重なって

心はパンク寸前

 

『だったらそれ、

 やめてみたらいいんじゃない?』

 

そう、親や家のことからは

逃げられない。

だからこそ、それ以外に

今の自分に負担がかかっていることを

取り除けば、もう少し身軽になって

いずれ視覚もクリアになって

やりたいことも明確に浮き出て

 

『明るい未来が見えてくる!!』

 

かどうかは分かりませんが、

まずはそんなところを

目指していきたいなと思っています。

まずは

自分の肩にのしかかってるものを

一つずつ明確にしよう。

 

まずは手帳とノート類。

一つだけ、覚えておかなければならない

記録だけはつけるようにして

せっかく買った手帳やノートですが

『出番は今じゃなかった』

ときっぱりさっぱり封印。

 

その代わりに毎日つけている行動記録に

別で書いていた数行の日記を

補足的に一言で書き込むようにしました。

これ、今まで行動記録から抽出して

日記に書き出していたのですが

重複して書かずに済むのでとっても楽。

ほんと、楽。

 

これを一月続けてきましたが、

補足を描く場所を決めてしまえば

見返した時に分かりやすくて

めっちゃいいです。

 

ポイントは文章にしないで一言だけ。

例えば、父、胃腸炎○日目 おかゆ

とかそれくらい。

私の書く日記は親のことメインだから

実際これで十分でした。

 

定期の診察で言われたこととか、

覚えておきたいことも

マーカーや付箋で

目立つようにして

箇条書き、または短文で書く。

ついでにご飯のメニューも書いちゃおう。

 

うん、これ一つならできる。

 

一つ肩の荷を下ろせました。

 

次に

使ってなんぼのものを

コレクションと言い方を変えて

何を持っているのかも

把握できていない状態で

何年も眠らせているもの。

 

それと

今年一度も出番のなかった

買い替えることのできる

細かなもの。

 

それらをとりあえずひと纏めにして

今も普通に手に入るけど

使わなかった文房具類。

ここら辺を処分。

 

たまにやって来る

『必要最低限のものだけでいい』

と言う、体の中からの変な圧力。

 

私は片付けが超絶に苦手なので

ものの管理も上手くない。

気がつけば机の上はチョモランマ(汗)

 

だからさ、いま毎日使っているもの以外で

週に1度や月に1度は必ず使うもの以外は

箱に入れて、少しづつ手放していこう。

いっぺんにやるには

時間も必要だし体力もいるしね。

とりあえず視界から消す。

あるからやりたくなる

あるからやらなくちゃに変わる

あることが負担になる

 

ここから解放されようではないか。

 

他にも衣類とか食器棚の中とか

色々山ほどあるけども、

とりあえず自分の中で

大きな負担になっているものから

やってみようと思います。

 

またこの生活で何が変わったか

変わらなかったか

お伝えできたらなと思います。

それでは今日はここまで。

☘️最後まで読んでくれてありがとう☘️

 

〜おわり〜

 

 

 

見つけたら即買い!DAISOのゲルインキボールペン

何ヶ月か前にInstagramで見かけた

DAISOのゲルインキボールペン

 

探せど探せど行くDAISOには

入荷がなくて、すっかりこのペンの

ことを忘れ始めていました。

 

そんな中、よく行く大型店のDAISOの

ネットにかかってる〜〜

 

最初にパッと見て通り過ぎる時に

2度見!!

 

こ、こ、これは〜〜〜

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あれでは無いですか!!!!!

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商品名

DAISO

BALLPOINT PEN

RETRACTABLE A

ゲルインクボールペン

(ノック式、A、3本)

110円

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私が購入したのは「A」タイプ

インクカラーが

シナモン、ブラウン、ブラック

の3本セット 0.5ミリ

 

リフィル無しの使い切りですが、

ノック部分がインクの色なので

色がわかりやすい所もありがたい。

(どこぞのペンに似てるというのは

大きな声では言えませんが^^;)

 

この他に、

「B」「C」「D」とブラックの3本セット

がありました。

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パッケージから取り出してみました。

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早速書いてみました

 

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シナモンが欲しくてこのセットを

選んだわけですが、シナモンなんて

名前もいいじゃないの。

 

シナモンは少し赤みのあるブラウンで

使いやすそうないい色でした。

サラサクリップ

ビンテージカラーキャメルイエローと

インクの色がよく似ています。

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ブラウンも落ち着いていて

イラスト書きにも良さそうだし

ゲルインキのぬらぬら感も書きやすい。

 

これは他のセットも気になってきました✨

DAISOに行ったら探してみてください。

 

〜おわり〜

 

 

 

夫の死。そして喪失した心が起こした地獄の苦しみ。書けるうちに書いておこうと思う。

私は夫を28年前に事故で亡くしました。

生まれた子供はまだ0歳で…

 

今回は事故の詳細ではなく、

夫が亡くなる2ヶ月くらい前から

亡くなった数年後までの

ショックを受けた私の身に何が起きたのか。

そんな話を書きたいと思います。

 

決して明るい話でもないし、

同じ境遇の誰かのために

なるとも思えません。

今まで話すことのなかった

心の蓋を外してみようと…

とても長くなりますが

よかったら

読んでいただけたらと思います。

 

🍀🍀🍀

連絡が入ったのは

私がまだ0歳の子供を連れて

実家に帰っていた時でした。

次に会う時は、

新居(アパート)で暮らす時だね。

すぐに暮らせるように整えてから

迎えに行くからね。

 

その日が私の誕生日だったので

どこで買ったのか

赤いバラの花を1本渡されて

この人から花を貰うとか初めてで

珍しいことしないでよ〜なんて笑って

車が角を曲がり、見えなくなるまで

見送った夜でした。

 

それが意識のある夫の

最後の姿でした。

 

意識あると書いたのは、

一命は取り留めたから。

でも医師から告げられたのは

ただの絶望でした。

 

「今後良くても植物状態です」

 

良くてというのは

奇跡という医師が口にしない

ことが含まれていました。

 

事故から2ヶ月と少し

彼は頑張りました。

 

そこからは事務的な手続きが続いて

悲しんでる余裕はあまりなくて

引っ越す予定だったアパートへ出向いて

大家さんに事情を話したら

快く解約を承諾してくださって

私は部屋を見渡して、

ここでの楽しい生活が

なくなってしまったんだなと

とても寂しかったのを覚えています。

 

それから割と早い段階で夫の実家を出て

私の実家近くにアパートを借りて

1歳を迎えたばかりの子供と二人で暮らし始めました。

 

子供を育てなければいけないという

強い責任感から、メソメソと泣くこともなく

淡々と日々を暮らしていました。

 

暮らしは淡々としているのですが

心の中ではかなりのショックを受けていたのでしょう。

 

朝に目が覚めても体が起きてくれないのです。

 

目が覚めているのに夢の中にいるような

そんな感覚の中じわじわと現実が襲ってきて

夫が亡くなったところから

火葬場で焼かれて骨になるのを

もう一度頭の中で早送りのように体験して、

「あぁ、夫は死んだんだ」

と現実を思い出さないと起きられないのです。

子供が先に起きようとも

それは変わりませんでした。

時間にして大体30分くらい。

 

それは3ヶ月くらい毎日続きました。

 

その時はかなり精神的にも

参っていたのでしょう。

告白するとたった一度だけ

運を天に任せたことがあります。

 

一本道に5回出てくる信号を

子供を抱っこして

信号を見ずにただただ歩きました。

 

そこで何かあればそれでいい。

そんな気持ちでした。

バカですねぇ…

 

幸いなこと(?)に何もなく

家に帰り着くことができました。

 

 

話を少し戻しますと

現実を受け入れたのかどうなのか

起きられるようにはなったのですが

そこら辺からある夢を見るようになりました。

 

それは夢の中で夫に連絡が取れない夢。

 

夫は結婚前にインドに数年いたので

夢の中ではインドにいることになっていて

連絡をしようと携帯電話のボタンを

押すのですが、何回やっても

どうしても間違えて押してしまうのです。

そして何度も押すうちに

番号を忘れてしまうのです。

目が覚めるまで一晩中

間違い続けるのは地獄でした。

 

同じようなことでは

連絡先を書いたメモフォルダが

どうやっても探せなかったり、

そもそも連絡先すら教えられずに

インドに行ってしまって絶望していたり。

「どうして?どうして?どうして?」

心臓はバクバク、冷や汗や震えが止まらない。

もう連絡をつける術がない。

どうやったら会えるの?

 

もう一生会えないよ。

だって死んだんだから。

そんな声を聞いてやっと目が覚めます。

 

そんな夢は毎日ではないのですが

割と高い頻度で

6年くらい見ていた気がします。

本当に辛かった。

 

 

そこからしばらく経つと

夫がたま〜に夢に出てくるようになりました。

それが夫が言うには

「今は修行の旅に出ていてエジプトにいる」

 

 

私は悲しんで泣くことをしなかったから

悲しみに蓋をしてしまったために

長い間苦しんだような気がします。

 

 

だいぶ端折りましたが

当時私に起きた苦しみを

ここに書いて浄化させたいと思います。

 

ふと書いてて気がつきました。

どうして話そうと思ったのか。

 

今年迎えた誕生日で0歳だった息子が

亡くなった夫と同じ年齢になりました。

なんでしょう、よく生きてきたな〜って。

振り返ることもして来なかったので

書こうと思ってるうちに書いてしまおう。

そんな感じです。

でもさあ〜、何も私の誕生日に

事故を起こさなくてもいいのにねぇ。

お祝いなんて出来やしない。

 

 

さて、そろそろ終わりにします。

最後にこれだけ。

夫が亡くなってから

心の支えにしていた曲があります。

今でも大好きです。

 

〜おわり〜

 

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